生涯「青年」のつぶやき
トピックの書き込み - 草苅健 Home
2009/05/12 (Tue) 09:10:28
田端先生から、膨大なトピック用原稿をいただいているのですが、データ化していません。選ぶこと、デジタル化すること、先生方の承認をもらうこと、
そして発刊する際の雛形を持ち寄ること、これだけのことがまだあと2週間ほどの間に…。これはつらい…。
笑える話 2 - 田端 宏
2009/03/16 (Mon) 21:51:29
昭和13年10月10日 月曜 小雨
学校から帰って見ると金が来ていた。これで一安心出来ると。
たまにカミソリをあてるのだ。一つおごってやれ、三越へ行ってやれ。メッチェン我輩の顔をみて何を思ったか「オヒゲそりますか?」と聞いた。
「あたり前だ」と云ふ様な面をしてうなづいたら早速バリカンを持って来てヒゲをかった。
これには小生少なからず驚かされた。
ヒゲをバリカンで切ったのは之が初めてだ。散髪後、鏡を見たら誰の顔だかサッパリ見当がつかん、よく見ればやっぱり我輩の顔らしい。
序でに六階で防空展覧会を見てきた。・・・・
・・・・・・・・・・
M君は、はりこんで三越の理容室にいったのですがあまり、ひげボウボウだったのでしょう、三越のメッチェンはバリカンでヒゲを刈ったのでした。さすがにビックリしたというお話しでした。
・・・・以下は戦時下の中国に触れて、南京には学生は一人もいないと云うことだ、戦時下にも学生として学べる幸せを思うべし・・・・などのこの時期らしい記述が20行以上も記してあります。
Re: 笑える話 2 - 草苅
2009/03/18 (Wed) 12:02:06
弊衣破帽の時代、結構むさい学生も多かったのではと想像します。ヒゲ→バリカン、初めて聞きましたが、たしかにまずはバリカンかも。
三越の社会的経済的位置というのも新鮮な感じです。昔、デパートといえば「食堂」でした。
勇気付けられる声 - 草苅健 Home
2009/03/01 (Sun) 10:16:40
原稿用紙5000枚のデジタル化は、一見徒労のようにも見える膨大な作業でしたが、そこに描かれたスピリットには現代に発信する意味あり、と強力に賛意を示す発行者が現れそうな気配です。
独りよがりでない、社会的に大きな意味がある…、このようなとらえ方は、日誌デジタル化→編集出版、の大変な追い風になるのは間違いありませんね。
Re: 勇気付けられる声 - 田端 宏
2009/03/01 (Sun) 15:48:46
草苅様
ほんとうにその通りですね。
責任重大、頑張らないとね。
奥田さんも4月1日でよいとのこと、1日は宜しく。
azmさんのブログ - 田端 宏
2009/02/25 (Wed) 17:35:14
azmさんのブログ「ベランダ畑、時々山から」の「今はなき青年寄宿舎」という文章をグーグルの検索で見つけました。首都圏の数人があつまっての交歓の様子を写した写真ものっていました。小生の年代から30年ほども後輩にあたる諸氏のようですが昔話でも聞いて貰いたいような親しみを感じた次第でした。
コメントを投稿する欄も着いていたので、舎生会、日誌復刻編集作業のこと、HP「北大青年寄宿舎」のことを紹介しておきました。
Re: azmさんのブログ - 草苅
2009/02/27 (Fri) 09:51:12
わたしも昨日覗いて書き込みもしてきました。
こうやって足跡をつけ、少しずつネットワークを広げる。広がる。これって、醍醐味ですよね。
azmさんのブログはこちら
http://azm.at.webry.info/200705/article_3.html
Re: azmさんのブログ - azm Home
2009/02/28 (Sat) 08:53:14
ht様、take様、azmです(匿名ですみません)。ブログにもコメントをいただきありがとうございました。
私はS54-58の4年間舎にお世話になりました。その時の何人かはほとんど年賀状だけのやりとりでしたが、先日四半世紀ぶりに集まる機会があり旧交を温めました。学生時代に培った絆は強いものですね。
今後とも何とぞ宜しくお願いいたします。
Re: azmさんのブログ - 草苅健 Home
2009/02/28 (Sat) 10:38:55
azmさん
これはどうも、ご返信に感謝。
世代的にはお会いしたことのなかった先輩諸兄とも
舎を通じて随分お近づきになりました。
その伝で行けば、もっと可能性もあります。
昨日の吉報ニュースでは、日誌発刊について
ものすごい反響があったようです。社会的に
意味あり、ということでしょう。
新しいステージが来ているようです。
取り急ぎ。
Re: azmさんのブログ - 田端 宏
2009/02/28 (Sat) 22:45:58
azm様
返信をありがとうございました。
日誌編集作業はこれから相当な努力が必要な段階になります。azmさんのブログ、すこし励まされたような気分でよませてもらいました。
「山から」の文章、そして写真もすてきですね。
編集会議 - 田端 宏
2009/02/24 (Tue) 00:37:10
青年寄宿舎日誌の刊行へ向けての編集会議を2月19日に持ちました。06年12月から始めた編集会議は第9回。今までは主として分担執筆中の日誌原稿化作業、ホームページで公開ののための作業(ほとんど総て草苅さんのご苦労でした)の進捗状況似ついての打ち合わせという所でした。
今回までに原稿化は完成、400字原稿換算で
4996枚。手書き原稿のパソコン入力作業の残りがすこしあるだけになりました。
HPでは年次別の目次もあって入力済み日誌の大部分を読むことが出来ます。
日誌全体から10分の1くらいを抄録すればよいか? いくつかのテーマごとにまとめる方が良いのではないか、宮部金吾先生の名前を生かす工夫を考えたら、などなどが話し合われました。
そして奥田舎友会会長ほか3名の精鋭(?)が中心となって以後の編集作業を進める手筈になりました。
各担当者が撰んでくれた日誌トピックスが沢山いろいろと集まっています。一部紹介済みですが、また時々この欄で紹介をと思っています
Re: 編集会議 - 草苅
2009/02/24 (Tue) 13:59:30
どうもお疲れ様でした。
たっぷりの仕事量のようにも見受けられ、いろいろと面白そうです。ホームページの方ももうすこし活気づけたいと思いますが。
擬国会 - 田端 宏
2009/02/06 (Fri) 23:35:37
田中敏滋さん(角田さんと同じく「写経」担当)よりのトピックスから。
昭和22年11月28日、擬国会なる行事を挙行しています。在舎生全員が参加していたようです。
かなりの長文になるので概要のみ。
11月15日より準備、「擬代議士」それぞれ党派を結成。自由党(党首 平氏など3名)、社会党(党首 福重氏など3名)、共産党(党首 泉田氏など8名)、無所属(河瀬氏ー議長ーなど7名)。
共産党第一党で泉田氏を首相として内閣を組織。蔵相 草地、文相 世木沢、司法相 三角の各氏。
11月28日 各党、綱領・政策を発表 このあと反共戦線結成、対共産切り崩しなどによる離合集散があって自由10、社会0、共産7、無所属4の勢力配置となる。
泉田首相の施政方針演説は「資本主義打倒、徹底社会主義化」の熱弁。
平自由党首は、「人間的精神陶冶」の無視など問題点を指摘、内閣不信任案を上程。
共産党は大臣にも投票権を与えよ、と主張したので紛糾しきり。「首相立って議会解散を宣す」。
首相選挙を行い「平氏、十二票の絶対多数で当選」 自由党内閣(首相 平氏)となる。
首相の施政方針演説は「北海道自由国論」、「断然一つの独立国になるべき事」であり、福重農商労大臣からは具体策の提案があった。
しかし、反対演説が明智氏(無所属)、中川氏(自由)よりあって、採決に入り三対七で否決。
次いで中川代議士は「議員の品性」ついて論じ「共産党坂井、大類両代議士を指弾」、共産党議員が全員退場 議会は解散となる。
このあとはコンパで「ゼスチャ遊技」などを楽しんだとのこと。さらに電車通りで火を焚いてストームを行うものもいて「感激絶頂」とありました。
Re: 擬国会 - 草苅健 Home
2009/02/07 (Sat) 23:26:26
↑これらの記事を、OB各氏にいかにして目に届けるか、舎友会の今日第一義的に大事なことと拝察します。で、その方法は…
宮部先生に裸で応対した話 - 田端 宏
2009/02/04 (Wed) 22:03:33
角田さんトピックスからもうひとつ。
昭和23年8月6日
呼鈴が獰猛に二度続いて鳴るのでスハ子供の悪戯と思い意気込んで飛出すと宮部先生でした。ビックリしてマゴマゴして居ると(パンツ一つだったので)「そのままで良い」と言はれるので恐る々々近づくと寄宿舎に『野心論』なる本があったら借してくれ
との事でした。・・・ヘソをかくしてもじもじしていると「暑いね」、「良い体だね」と褒められて思はず汗がタラタラ・・・本はなかった、「寄贈した本が無くなる様では困る」と御小言を頂戴して益々恐縮・・・・・。
本文の執筆は「竹林荘主」とありました。筆跡、言葉遣いからT.Oの署名もつかっている人、『我が青年寄宿舎』所載の在舎生名簿でこの頃の名前を探すと大類徹さんらしい。
思わず笑ってしまう情景!
『野心論』は沢柳政太郎(文部政務次官、東北帝大総長、京都帝大総長等をつとめていた人)の著。『禁酒論』という著書もあるようです。宮部先生が学生に読ませたいと思った本がどんな本だったのかはあとで調べてみようと思っているとこらです。
Re: 宮部先生に裸で応対した話 - 草苅
2009/02/05 (Thu) 12:06:24
これは情景が浮かびますね。(笑い
こういう切り取りのつながりは、かなり、短時間でタイムスリップして読ませるシーズだと思います。わたしも探さねばとチャレンジしたのですが、なかなか。
青年寄宿舎日誌 トピックス - 田端 宏
2009/02/02 (Mon) 16:27:11
日誌の「写経」を担当して頂いていた角田和夫さんからからトピックス20項ほどをいただきました。
その筆頭は
「青年寄宿舎の任務は何であるか」(昭和22年4月14日)でした。2000字ほどの長文ですので要約すると、次の5項です。
1 清き野心・大望をもつ青年を育てる。そのために舎生は一致協力して「大勉強」をする。
2 時間厳守と労働。 早寝早起きを舎の気風とする。寄宿舎内でなすべき仕事がたくさんある。「神聖な労働時間」を日課に織り込みたいもの。
3心を開いて語り合う。 相互理解と仕事の義務の規定のためにサンディー・ヰヴニング・パーティーを持ちたい。
4 舎の用事の分業。 物品管理、清掃、畑、運動、文化などのグループで舎の仕事をはかどらせる。
5 冬の準備を早めに。 ストーブの修理、ロストルの購入、冬の勉強室の整備など早くすませる。間に合わせでいると火事の心配がある。
この「任務」について書いたのは村上宏先輩でした。「大勉強」と「舎の仕事」が印象的ですね。「舎の仕事」の内には畑もあったようです。
前年12月からこの年2月末まで寄宿舎は閉鎖されて居たとのことです(3月1日の記事)。敗戦直後の食糧、燃料の事情によるのだと思われますが関係する記事は見あたりませんでした。
村上さんは冬の間に(閉鎖の期間に?)考えていた事を書いてみたのだ、言っています。離れているといろいろな思いを改めてもつものかも。寄宿舎生活を本当に一生懸命に考えている思いが能く伝わってきますね。
Re: 青年寄宿舎日誌 トピックス - 草苅
2009/02/02 (Mon) 17:58:12
あ、まだでした。
こうして拝見すると、神々しい心がけだと改めて思います。しみじみ。
寄宿舎のホームページの扱われ方 - 草苅健 Home
2009/01/26 (Mon) 13:57:19
このところ、少し動きが出てきましたので検索をヒサビサにしてみました。グーぐるでは29400件。
そのうちのトップは、「老眼palm」さんのブログ↓
http://roganpalm.com/archives/45
でした。早速レスしてみました。
山形大学のwebにも掲載されています。一年前よりもかなり分散されているのがわかりました。
Re: 寄宿舎のホームページの扱われ方 - 老眼palm Home
2009/01/27 (Tue) 00:06:11
私のブログへのコメント有難うございました。
私のところが検索でトップにくるなんておこがましいですね。
なにしろ1年しか居なかったですし(82年です。)、もっと価値ある情報は他にあると思います。
「青年」時代は遥か遠くのことになりましたが、今でも時々は思い出して、元気を出していきたいかな、と思います。
匿名というか、筆名で失礼しました。
Re: 寄宿舎のホームページの扱われ方 - 草苅健
2009/01/27 (Tue) 05:38:35
おはようございます。このスレッドへの投稿ありがとうございました。
わたしが1970年の入舎ですからちょうど一回り違いですね。最近は子例になられたOB先輩とお会いすることが多いですが、みなさん、青年のような気持ちを持っておいでです。見習わねば、と思っております。